どうも。
有名な作家やミュージシャンが亡くなると、決まったように起こる現象がある。
その人の本が急に売れ、過去の作品がランキングに入り、音楽の再生回数が跳ね上がる。
僕には昔から、この現象がいまひとつ理解できなかった。
なぜ、生きている間に買わなかったのに、死んだ途端に買うのだろうか。
僕には「作品を買う=その作者への投票や投資」という感覚がかなり強い。好きな作者なら、生きている間に作品を買ったほうがいい。そのお金や人気が作者に還元され、次の作品を生み出す力になるからだ。
ところが、死亡した瞬間、その投資先は消滅する。
それなのに、なぜかそこで需要が急増する。
本当のファンが惜しんで買っているのか。しかし、本当のファンならすでに作品を持っている可能性が高い。では、それまで特にファンでもなかった人たちが「死」をきっかけに突然動き始めているのだろうか。
さらに不思議なのは「引退」との違いである。
引退も「もう新作が出ない」という意味では似ている。それなのに、引退より死のほうが圧倒的に人を動かすように見える。
なぜ人は「生きている有名人」には反応しなかったのに、「死んだ有名人」には突然反応するのか。
調べてみると、これは単なる印象ではなかった。実際に作家の死亡と書籍販売の関係は研究されており、「Death Effect(死の効果)」と呼べる現象も確認されている。
そしてその仕組みを分解していくと、「死んだから急にファンになった」という単純な話ではなく、人間の注意、ノスタルジア、追悼、社会的同期、希少性、そして「死」という究極の不可逆性が絡み合った、かなり興味深い心理が見えてくる。
人によっては、どうしても理解できない、腹落ちしない「論理」や「論理パーツ」がある。
僕の場合、その一つが「有名人が亡くなると、その人の作品が急に売れ始める」という現象だ。これは有名な作家やミュージシャンが亡くなるたびに、かなりの頻度で起きている。
しかし、僕には昔からこの心理がよく理解できない。
僕は「お金を使う=その対象への投資」という感覚がかなり強い。好きな作家の本を買えば、その売上が作家に還元され、次の作品を生み出す力にもなる。
だから応援したい人がいるなら、その人が生きて活動している間にお金を使うほうが合理的だと思ってしまう。
ところが、亡くなった人にはもう投資できない。
それなのに、なぜ人は死んだ途端にその人の作品を買い始めるのだろうか。
もちろん、死去がニュースになり、一気に話題になるという理由はあるだろう。
しかし、たとえば東野圭吾のような超有名作家なら、生きている間から誰でも名前を知っており、作品を読む機会はいくらでもあったはずだ。それまで読まなかった人が、なぜ「死」を境に突然読み始めるのか。
本当のファンが死を惜しんで買っているのだろうか。
しかし、本当のファンなら生きている間から作品を買っているだろうし、代表作などはすでに持っている可能性が高い。
だとすると、死後に突然買い始めるのは「にわか」のような人たちなのだろうか。
ただ、それもよく分からない。
生きている間は作者にお金を落とさなかった人が、作者が亡くなってから作品を買う。
かといって、作者が死んだことで作品そのものの質が突然変わったわけでもない。「死んだことで、この作品が本当に面白いのか確かめたくなった」という話でもないだろう。
では、いったいどんな人が、何を目的として突然その人の作品を買い、読み始めるのだろうか。
僕には、この心理がなかなか理解できない。
少し極端なたとえになるが、これは犯罪者の心理を解読することにも似ている気がする。
犯罪者の中には、一般の人なら何とも思わないような出来事に強く反応し、それを特殊な刺激として受け取り、犯罪行為にまで至る人がいる。当然、一般人からすると「なぜ、そんなことに反応するのか?」と理解しにくい。
もちろん犯罪と作品購入を同列に扱いたいわけではない。
僕が言いたいのは、「人によって、反応する刺激そのものが違う」ということだ。
僕にとって「有名人が死んだ」という事実は、その人の作品を急いで買う理由にはならない。
しかし、世の中には「死」という出来事をきっかけに、それまで買わなかった作品を突然買い始める人が一定数いる。
つまり、僕にはない独特の心理的な反応回路が存在するのではないかと思うのだ。
ここでさらに気になるのが「引退」と「死」の違いである。
有名人が引退したときにも、同じように過去作品が突然爆発的に売れるのだろうか。少なくとも僕は、死亡時ほど頻繁にそういうニュースを聞いた記憶がない。
引退も「もう新しい作品を作らない」という意味では、一つの大きな区切りである。
それなのに、「引退」にはそれほど反応せず、「死」には強烈に反応する人がいるとすれば、この二つには心理的にどんな違いがあるのだろうか。
そもそも有名人が新作を発表するときにも、それなりの話題性はある。
テレビやネットで宣伝され、SNSでも話題になる。作品に興味を持つきっかけなら、生きている間にも何度も存在している。
僕の感覚では、そのときに興味を持って買うほうが自然である。
それでも動かなかった人たちが、「死」という出来事が発生した瞬間に動き始める。
だとすると、死後に作品を買う人たちは、生前に新作や話題をきっかけに作品を買う人たちとは、やはり少し違った心理によって動いているのではないだろうか。
なぜ「新作」では動かなかった人が「死」では動くのか。
なぜ「引退」ではなく「死」が、人をこれほど強く動かすのか。
そして、そもそも「有名人が亡くなると、その人の作品が急に売れる」という現象は心理学や経済学ですでに研究され、何らかの名前がついているのだろうか。
この「死んでから急に買う」という、僕にはどうしても腹落ちしない人間心理について調べてみることにした。
ここからはChatGPTに聞いた回答です。
かなり面白い現象で、しかも「そんな心理が本当にあるのか?」という感覚とは裏腹に、実際に研究されています。
特にピンポイントの研究があります。
2023年の Journal of Economic Behavior & Organization の論文「Famous after death: The effect of a writer’s death on book sales」は、1975~2005年の週次ベストセラーを分析し、作家が死亡すると、その直後にその作家の本がベストセラー入りする確率が100%以上増加することを報告しています。
つまり、あなたが感じている現象は錯覚ではありません。
ただし、私はこれを「犯罪者の心理のような特殊な心理」と考えるより、人間の注意・感情・希少性・社会的模倣が、死という非常に強いイベントによって同時に作動する現象と考えると、かなり腹落ちしやすいと思います。
まず、あなたと「死後に買う人」では作品購入の目的関数が違う
ここが一番重要だと思います。
あなたのモデルはかなり「投資型」です。
生きている作者を評価する
↓
作品を買う
↓
作者に金銭・評価・人気を還元する
↓
次の作品や活動につながる
このモデルだと、死亡=投資先の消滅です。
だから「死んだ途端に買う」が逆方向の行動に見える。「応援したいなら、なぜ生きているうちに買わなかったんだ?」となるわけです。
ところが、多くの消費者にとって本や音楽を買うことは、そもそも作者への投資ではありません。
「その瞬間に自分がその作品に関心を持ったから消費する」というだけです。
ここを切り替えると、だいぶ理解できます。
「死後購入層」は、おそらく5種類くらいに分解できます
① 死によって初めて注意を向けた人
これがかなり大きいでしょう。
たとえば有名作家Aについて、「名前は知っている。でも読んだことはない」という人が1000万人いたとします。
死亡ニュースがテレビ、ネット、X、YouTubeなどに大量に出る。
「作家Aさん死去」
「代表作は○○」
「文学界に残した功績」
「初心者におすすめの3冊」
「映像化された名作」
「作家Aとは何者だったのか」
こうなると、それまで潜在意識の奥にあった
「いつか読んでみようかな」が突然、前景化します。
これは行動経済学的には限定された注意(limited attention)でかなり説明できます。
実際、先ほどの作家死亡研究も、死亡による需要増加について「感情」と「limited attention」を重要な説明候補として扱っています。
つまり、死んだから作品の価値が上がったのではなく、死によって作品が視界に入った。
これは大きな違いです。
② 「いつでも読める」が「今読まなければ」に変わる人
これは心理的にはさらに面白い。
生きている有名作家なら、
東野圭吾?
有名なのは知っている。
そのうち読もう。
で終わります。
ところが死亡すると、
東野圭吾が亡くなった
↓
一つの時代が終わった
↓
そういえば一度もちゃんと読んでいなかった
↓
この機会に読んでみるか
となる。
作品そのものは逃げないのに、心理的には「締め切り」が発生するんです。
人間は「いつでもできるもの」を延々と先送りできます。一方、死は「この人の人生はここで完全に終了した」という非常に強烈な区切りになります。
言ってみれば、死は究極の締め切りイベントです。
③ 「作品」ではなく「死んだ人物」を理解したくなる人
これも重要です。
死亡ニュースを見て、
「この人、そんなにすごかったの?」
という疑問が発生します。
すると作品が人物理解の資料になります。
これは普段の読書とは目的が違います。
「この小説が面白そうだから読む」ではなく、「これほどニュースになる人物は何を作った人だったのだろう?」です。
たとえば有名ミュージシャンが死んだとき、それまで興味のなかった人がSpotifyで代表曲を聴くのも同じでしょう。
これはファン化というより社会的事件についての情報収集です。
④ もともとのライトファンが「追悼行動」として買う
これはあなたのいう「本当のファンなら既に持っているだろう」に対する答えになります。
熱狂的ファンならそうでしょう。
しかし、
映画は見たことがある
小説を2冊だけ読んだ
昔好きだった
学生時代によく聴いた
くらいの休眠ファン・ライトファンが大量に存在します。
死亡によって昔の記憶が再活性化される。
これはスポーツ選手などの死後の記念品価格について研究された「nostalgia effect(ノスタルジア効果)」とも整合します。死亡をめぐる大量のメディア報道がノスタルジアを刺激し、需要を押し上げるという説明です。
だから、コアファンが突然買うというより、巨大な休眠ファン層が一斉に起きると考えた方がいいでしょう。
⑤ 「みんなが話しているから自分も」という社会的同期
これもかなり重要です。
普段なら、「今さらこの作家を読む理由」がありません。
しかし死亡すると社会全体に一時的な「○○週間」が発生します。
テレビでも○○。
SNSでも○○。
書店でも追悼フェア。
友人も○○について話している。
すると、作品を消費する社会的価値そのものが一時的に上昇します。
「いま読む意味」が生まれる。
これは作品そのものの効用だけでなく、
みんなが話しているものを理解できる
SNSの会話に参加できる
追悼を共有できる
自分の昔の記憶を再確認できる
という社会的消費になっています。
そして「引退」と「死」の違いはかなり本質的です
ここはあなたの疑問の中で特に鋭いところです。
引退でも、
「もう新作は出ない」
という意味では死と似ています。
ところが死ほどの購買爆発は通常起こりません。
なぜか。
引退は「未来の作品」が終了するイベントですが、死は「その人物の人生そのもの」が終了するイベントだからです。
引退なら、
「また復帰するかもしれない」
「インタビューには出るかもしれない」
「SNSで発言するかもしれない」
「過去作品について語るかもしれない」
という未来が残っています。
死は完全な不可逆です。
しかも死にはmortality salience(死の顕現性/死の意識化)という別の心理作用があります。
他人の死を見ることで、「人間は死ぬ。自分も死ぬ」という普段は背景に追いやっている事実が突然前景化します。
死亡を意識させられることが消費行動そのものを変化させる研究もあり、死亡を意識した条件で購買・消費量が増えるケースが実験的に確認されています。
だから、引退 ≠ 弱い死亡なんです。
心理学的にはかなり別物です。
さらに「作品が確定する」という特殊な効果もあります
これはあなたの投資的発想とも接続できます。
生きている作家なら、
「今後もっと良い作品を書くかもしれない」
「逆に晩年に評価を落とすかもしれない」
「問題を起こすかもしれない」
という不確実性があります。
死亡すると作品群が閉じます。
全集が完成する。
その瞬間、
「この人物の代表作はこれ」
「この人は文学史上こういう作家だった」
という評価が固定されやすくなる。
美術市場では、作者の死後に新作供給がなくなること自体が価格形成に影響する「death effect(死の効果)」として以前から研究されています。
本の場合は増刷できるので物理的希少性は弱いですが、「作者の人生と作品群が完成した」という心理的希少性は残ります。
なので「死後購入者=にわか」とすると少し見誤る
もちろん、にわか的な人も大量に含まれるでしょう。
でも私はむしろ、潜在的関心層が死という巨大な外生ショックによって一斉に行動すると捉えるのが一番きれいだと思います。
普段、
「名前を知っている」1000万人
↓
「少し興味がある」100万人
↓
「そのうち読みたい」30万人
↓
実際に今週買う1万人
だったものが、
死亡ニュースによって、
「そのうち読みたい」30万人
↓
「今読んでみよう」10万人
になる。
新しいファンがゼロから突然生まれたというより、眠っていた関心が同期して行動に変換されたわけです。
これは書籍販売研究でいう「外生的ショック」のモデルともよく合います。外部イベントによって書籍販売が突然跳ね、その後減衰するタイプの販売ピークが実証されています。
あなたが腹落ちしにくい理由も、かなりはっきりしています
あなたは購買を、「対象への投票・投資」として見る比率が高い。
一方、この現象を起こしている人たちは、「自分の現在の関心に対する消費」として購入している。
したがって同じ「本を買う」でも、
あなた:
作品を評価 → 作者を支援 → 購入
死後購入層:
死亡ニュース → 注意喚起 → 感情・好奇心・ノスタルジア → 購入
という、そもそもの因果経路が違うんです。
だからあなたの論理体系から、
「好きなら生前に買うはずだ」
と推論しても答えが出ない。
彼らは必ずしも「好きだから買った」わけではないからです。
むしろ、「死んだことで気になったから買った」が答えに近い。
そして面白いことに、これは単なる私の推測ではなく、先ほどの大規模な作家研究が実際に「死亡後、ベストセラー入り確率が100%以上増える」と確認しています。
ですから、この現象につける名前を一つ選ぶなら、経済学・文化経済学で使われる 「death effect(死の効果)」 が一番近いです。ただし心理メカニズムそのものは単一ではなく、限定された注意+ノスタルジア+追悼行動+社会的同期+死の顕現性+不可逆性による締め切り効果の合成現象、と考えるのが一番しっくりきます。
そしてこれは、あなたが以前考えていた「論理パーツ」という発想とも相性がいいテーマです。自分には存在しない反応回路でも、人口の一定割合には安定して存在する。それを自分が共感できるかどうかとは切り離して、予測用の論理パーツとして持つ――まさにその具体例になっています。
僕自身は、この仕組みを理解しても、おそらく有名人が死んだからという理由だけで急に作品を買うことはないと思う。
しかし、ここで重要なのは、自分がその心理に共感できるかどうかではない。
人によっては、自分にはまったく存在しない「反応回路」を持っている。
自分なら反応しない刺激に別の人は強烈に反応し、それが一定数集まれば、書籍ランキングや音楽再生数まで動かす巨大な社会現象になる。
これは、僕が以前から考えている「論理パーツ」という考え方ともつながっている。
人間や社会を理解するとき、「自分だったらどうするか」だけを基準にすると、どうしても理解できない行動が出てくる。
そんなときは、「自分には理解できないから非合理だ」で終わらせるのではなく、「自分には存在しないが、一定数の人間にはこの刺激に反応する心理回路が存在する」という一つの論理パーツとして保存しておけばいい。
有名人の死後に作品が突然売れるという現象も、その一つなのだろう。
人間を理解するとは、すべての人間に共感できるようになることではない。
自分にはない反応回路が存在することを知り、それを予測可能な論理パーツとして蓄積していくことなのかもしれない。

