『傲慢と善良』から考える恋愛の正体――本能・理性・外見・能力・年齢から読み解く「人は何を好きになるのか」

どうも。

 

『傲慢と善良』の小説は以前、100ページほど読んだところで損切りした。

理由は単純で、小説という媒体が自分には少し退屈だったからである。

しかし、内容そのものは面白く、「この先どうなるのか」という結末だけはずっと気になっていた。

そんな中、映画化されたことを知った。

 

Amazon Primeではレンタル作品だったが、ちょうどアニメタイムズの7日間無料体験があったので登録し、観終わったあとすぐ解約した。

結果として、この判断は正しかった。

映画はかなり面白かった。

そして何より感じたのが、「キャスティングの重要性」である。

 

この映画はキャスティングが絶妙だった

主人公の西澤架(藤ヶ谷太輔さん)と坂庭真実(奈緒さん)。

この二人は驚くほど役に合っていた。

『傲慢と善良』では婚活市場という非常に現実的なテーマを扱っている。

そのため、俳優があまりにも現実離れしてしまうと、一気にリアリティが崩れる。

その点、この映画は絶妙だった。

 

作中では、真実が架に100点を付ける一方、架は真実を70点と評価する描写がある。

本来、人間に点数を付けること自体は好ましいことではない。

しかし婚活という市場を描く作品だからこそ、あえて数字で表現したのだろう。

実際に藤ヶ谷太輔さんは、いわゆる「100点級」の男性という印象を受ける。

一方、奈緒さんは、美人女優というよりも、親しみやすさや愛嬌を感じる「たぬき顔」の魅力を持つ女優だと思う。

個人的には70点より高く評価しているが、平均的な男性評価としては70点という設定も理解できる。

 

ここがこの映画の上手いところだ。

美人にはキツネ顔タイプもいる。

一方で、たぬき顔には愛嬌という武器がある。

男性は必ずしも「美人だけ」を好むわけではない。

むしろ愛嬌に惹かれる男性も多い。

つまり、この映画は「美人かどうか」ではなく、「現実にいそうな魅力」を描いていた。

 

現実にありそうな恋愛だった

最近の恋愛作品は、理想化されすぎているものも多い。

しかし『傲慢と善良』は違う。

「こういう人、実際にいるな」と思える。

100点の男性と70点の女性。

一見すると釣り合わないようにも見える。

しかし実際には、このようなカップルは現実にも十分存在する。

恋愛は数学ではない。

70点同士しか付き合えないわけではない。

だからこそ、この映画はリアルだった。

 

有名人を使えば良いわけではない

昔の映画やドラマは、集客目的でジャニーズや人気女優を安易に起用していた印象がある。

もちろん人気俳優を使うこと自体は悪くない。

しかし、それ以上に重要なのは作品との相性ではないだろうか。

例えば、普通の会社員役なのに、誰が見ても芸能人オーラ全開の超美男美女では現実味が薄れる。

逆に、あまりにもリアルを追求しすぎて、主演の魅力がなくなるのも作品としては弱い。

 

つまり、「見栄え」と「リアリティ」のバランスが重要なのである。

『傲慢と善良』は、そのバランスが非常に上手かった。

 

婚活市場では人は何を評価しているのか

序盤のあらすじはこうだ。

婚活アプリで出会った架(藤ヶ谷太輔)と真実(奈緒)は恋人同士になりますが、1年も将来を決めない「傲慢」な架に対し、真実は「善良」ゆえに待ち続けていました。ある日、真実がストーカー被害に遭ったことをきっかけに結婚を決意した矢先、彼女が突然姿を消してしまうところから物語が急展開します。

婚活という世界では、誰もが相手を評価している。

もちろん点数を付けるわけではないが、

  • 外見
  • 性格
  • 能力
  • 経済力

などを総合的に判断している。

では、人は何で好かれたいのだろうか。

 

本能で好かれたい人は多い

男も女も、本能的に惹かれる恋愛を理想とする人が多い。

しかし現実はどうだろう。

男性が女性から、本能レベルで強烈に好かれるほどのイケメンは、おそらく全体の0.5%程度しかいないのではないかと思う。

90点以上のルックスと言えるような男性である。

 

一方で女性はどうか。

男性は女性に対する顔面許容度が比較的広い。

80点程度で十分魅力的と感じる男性も多い。

そのため、本能レベルで好かれる女性は2割程度いるのではないかと思う。

もちろん数字は厳密な統計ではなく推測である。

しかし男女の恋愛市場を見ていると、そのくらいの印象を受ける。

 

男性の許容範囲は案外広い

ある男性は、「50点くらいの女性でも普通に付き合える」と言っていた。

周囲からは「B専」と言われていた。

しかし、その男性は乃木坂ファンでもあり、与田祐希さんを100点だと言っていた。

つまり、アイドルはアイドル。彼女候補は別。という考え方だった。

これは面白い。

50点から100点まで恋愛対象になる人は珍しい。

しかし現実にはこういう男性も存在する。

 

恋愛には複数の評価軸がある

恋愛は外見だけではない。

私は、

  • 外見
  • 性格
  • 能力
  • 経済力

この4つが大きな評価軸だと思っている。

そして人によって、どの軸で認められたいかが違う。

 

若い男性は、「外見でモテたい」という願望が強い。

しかし中高年になれば外見は衰える。

それでも外見だけに執着していたら苦しくなる。

だから私は能力で評価されたいという方向へ自然に価値観が移っていった。

 

能力や性格が好きでも「好き」は好きである

能力が好き。性格が好き。一緒にいると居心地が良い。尊敬できる。

これも立派な恋愛感情だと思う。

例えば女性アスリート。

アイドルほど外見は華やかではないかもしれない。

しかし、努力している姿、競技能力、ストイックさに惹かれる男性もいる。

能力を好きになる恋愛もある。

 

職業が好きなのか、成功が好きなのか

俳優が好き。医者が好き。弁護士が好き。

しかし、本当に好きなのは職業なのだろうか。

それとも、売れている俳優、成功した医者、高収入の弁護士なのだろうか。

もし売れる見込みがない俳優なら別れる。

売れたら好きになる。

それなら、好きなのは俳優ではなく、成功者なのかもしれない。

 

ほとんどの結婚は妥協なのか

もし本能レベルで好かれる男性が0.5%しかいないなら、ほとんどの男性は、本能では選ばれていないということになる。

だから私は、男性は外見だけで勝負することを諦め、性格、能力、経済力で好かれることを受け入れた方が幸せになれると思う。

逆に女性も、ルックス70点でも、性格や能力を高く評価され、総合点が高かったのであれば、「外見だけで愛されていない」という不満ばかり抱く必要はない。

 

外見は一番不安定な魅力である

私は昔から、外見にアイデンティティを置いていない。

能力に置いている。

だから、能力が好きと言われる方が嬉しい。

性格が好きでも良い。

一緒にいて楽しいでも良い。

むしろ、外見だけ好きと言われる方が不安である。

 

外見は必ず衰える。

しかし、性格、能力、知識、考え方は比較的長く残る。

もちろん能力も病気や加齢で変化することはあるが、外見ほど急速ではない場合も多い。

経済力も同じだ。

金がなくなれば離れていく人なら、結局、金が好きだったということになる。

だから私は、能力や性格で好かれる方が、長期的には安定していると思っている。

 

年齢にアイデンティティを置かない理由

以前、あるモトブログを見た。

39歳の投稿者が、「若者ではない。しかし、おっさんでもない。」というテーマで話していた。

非常に興味深かった。

彼は、20代をライバルとは思わず、保護者側になった自分を自覚していた。

しかし、「おっさん」という言葉も使いたくない。

なぜなら、「おっさん」と認めた瞬間、成長まで諦めてしまいそうだからだ。

だから歩き続ける。挑戦し続ける。まだまだ走り続ける。

そう締めくくっていた。

私はこの考え方に共感した。

 

レッテルは中身の評価まで変えてしまう

Gravityでも年齢を聞かれることがある。

私はあまり答えない。

職業を聞かれても、最近は「自由人」と答えることが多い。

昔は「執筆しています」と言っていた。

なぜぼかすのか。

理由は単純である。

 

人は年齢や職業というラベルだけで、その人の意見まで変えて受け取ってしまうからだ。

仮に私が大金持ちでも、高い地位にいても、それを公表することはないと思う。

金持ちだから言っている。

偉い人だから正しい。

逆に、無職だから間違っている。

そんなレッテルで判断されたくない。

私は、中身だけを見てほしい。

だから年齢も職業も、あまりアイデンティティにはしていない。

 

恋とは本能なのか

ここで本題に戻る。

恋とは何なのだろう。

私は、本能だけでは説明しきれないと思っている。

感情とは、知識 → 価値判断 → 生理反応という流れではないか。

例えば医者。

重病患者を診断する。知識がある。重い病気だと理解する。

かわいそうだと価値判断する。胸が痛む。涙が出る。

しかし、共感性が低い人なら、知識はあっても、心は動かない。 

つまり感情は、知識、価値判断、共感性、相手との関係性(恋人か、身内か、他人か)によって変わる。

 

恋愛にも同じことが起きる

外見重視の男性なら、好みの女性を見る。価値判断が働く。「魅力的だ。」

すると、瞳孔が開く。心拍数が上がる。緊張する。

これは本能的な反応である。

一方、性欲が弱い人は、外見だけではあまり反応しない。

性行為そのものへの関心が低ければ、恋愛の入口も変わる。

相手の性格。安心感。愛情表現。優しさ。

こうした部分に惹かれる。

その場合、生理的反応は比較的小さいかもしれない。

 

慣れも恋愛を変える

美女ばかり見てきた男性。

たくさん恋愛してきた男性。

こういう人は、外見への刺激に慣れている。

最初は100点の美女を見て興奮していても、毎日見ていれば慣れる。

すると、性格、価値観、安心感、能力、そういった別の魅力を見るようになる。

若い頃はルックス重視でも、年齢とともに内面重視へ変化する人がいるのは、この「慣れ」も一因なのだろう。

 

「性格が好き」は伝え方が重要

恋愛では、「性格が好き」という言葉だけでは不安になる人もいる。

女性からすると、「外見はタイプじゃないってこと?」と思うかもしれない。

男性側も、外見には強く反応していない。

しかし、性格に惹かれた、能力に惹かれた、だから好き、というケースもある。

ここを相手が受け入れられるかどうかで、恋愛は大きく変わる。

 

最後に

『傲慢と善良』を観て改めて感じたのは、人は「好き」という一言の中に、さまざまな意味を込めているということである。

本能で惹かれる好き。外見が好き。性格が好き。

能力を尊敬している好き。経済力への安心感から生まれる好き。

一緒にいると居心地が良い好き。

恋愛では、これらが複雑に絡み合う。

だから「本能か理性か」という二択では説明できない。

 

本能的な魅力から始まる恋もあれば、時間をかけて相手の人格や能力に惹かれていく恋もある。

そして人は年齢を重ねるにつれて、自分が「どの軸で評価されたいのか」も変わっていく。

私自身は、若さや外見よりも、能力や思考、そして自分の中身で評価されたいという気持ちが強い。

だからこそ、年齢や職業といったラベルを必要以上に前面に出さず、「中身で判断してほしい」と考える。

 

結局、人は誰しも何らかの理由で誰かを好きになる。

その理由が本能なのか、理性なのか、能力なのか、性格なのか――その違いはあっても、長く続く関係に必要なのは、一つの魅力だけではない。

外見は変わる。経済力も変わる。能力さえ、人生の出来事や健康状態によって変化することがある。

それでも互いを尊重し、価値を認め続けられる関係こそが、恋愛や結婚の本当の土台なのではないだろうか。

 

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