どうも。
人は同じ時間を生きているようで、実際にはまったく違う時間を生きている。
過去に生きる人、現在を味わう人、未来へ向かう人。
その配分によって、人生の見え方は大きく変わる。
私は、過去の栄光に浸るより、現在を動かし、未来を作るほうが面白いと思っている。
人生が退屈なのは、世界が退屈だからではなく、面白さを掘り出す力が眠っているからかもしれない。
人によって、時間に対する感覚は大きく異なる気がする。
ある人は過去を中心に生きており、ある人は現在を重視し、またある人は未来を見据えて生きている。
人生は「過去・現在・未来」の割合で構成されているようなもので、その配分は人それぞれ違うのだろう。
私は、過去を振り返りすぎると時間の流れが速く感じられるのではないかと思うことがある。
もちろん、過去を振り返ること自体は悪いことではない。
数日単位や数週間単位で振り返り、反省や教訓を得るのであれば十分に意味がある。
しかし、過去の栄光や思い出ばかりを何度も反芻している状態は少し危険かもしれない。
なぜなら、現在や未来が充実していれば、人は自然とそちらへ意識が向くからである。
もし今が人生の絶頂期であり、過去最高を更新し続けているのであれば、過去に執着する理由はあまりない。
逆に、「あの頃は良かったなぁ」という回想が増えてきたら、それは現在が充実していないサインなのかもしれない。
私自身は、やりたいことや、やるべきことが多すぎて困ることがある。
どれを優先するべきか迷うくらいであり、だからこそ戦略や選択と集中が必要になる。
一方で、「人生が面白くない」とよく言う人がいる。
そういう人を見ると、そこまでやりたいことも、やるべきこともないのだろうかと思うことがある。
確かに旅行やイベントなどの体験は、たくさん経験すると新鮮味が薄れるかもしれない。
しかし知的な領域に限って言えば、学ぶことはほぼ無限に存在する。
新しい学問、新しい技術、新しい思想、新しい歴史解釈、新しい研究成果など、探そうと思えばいくらでもある。
それでも面白くないと言う人は、どうやら知識不足というよりも、人間関係の固定化や硬直化に不満や飽きを感じている場合が多いように見える。
私は関わる人が比較的頻繁に変わる。
四年前から続いているLINEの友人関係や高校時代からのリアル友人関係はあるが、それ以外の人間関係はかなり入れ替わっている。
それは、自分自身が変化し成長していけば、自然と付き合う相手も変わるからだと思う。
また、面白くないと言う人に限って、面白くしようとする努力が不足しているようにも感じる。
例えば質問力である。
相手に興味を持ち、深掘りし、さまざまな角度から質問すれば、思わぬ情報や新しい発見が出てくることは珍しくない。
しかし、それをせずに相手の表面的な説明だけで判断してしまう人も多い。
私は、一見すると価値がなさそうなものから有用な情報を引き出すことが好きである。
他人が見逃すような情報でも、質問を重ねることで宝物に変わることがある。
また、自分自身もリソースが十分とは言えない状況ながら、できる範囲で冒険や挑戦を行い、人生を面白くしようと努力している。
メンタリストDaiGo氏は、「昨日より前進していなかった一日は無意味な一日だ」という趣旨の話をしていた。
毎日何かしら新しい行動を取り、変化を作ることを意識しているそうである。
確かに、自分から変化を起こそうとしなければ、人生はなかなか変わらない。
子どもが毎日を新鮮に感じる理由も、この時間感覚と関係している気がする。
子どもは過去の蓄積が少なく、未来への見通しもあまり持っていない。
だから現在と未来で生きている。
毎日が新しい発見の連続であり、世界そのものが未知だから楽しい。
一方で高齢者は未来の時間が少なくなり、人生に占める過去の割合が大きくなる。
その結果、過去の思い出や過去の栄光に意識が向きやすくなるのかもしれない。
ただし例外も存在する。
野口悠紀雄氏や大前研一氏のように高齢になっても現役で活動し続けている人を見ると、彼らは過去よりも未来や現在を生きているように見える。
いわゆるスーパーエイジャーと呼ばれる人たちは、年齢ではなく時間感覚そのものが若いのかもしれない。
また、人によっては旅行などの予定を入れた瞬間が最も楽しいという。
旅行を予約した日はテンションが上がる。
しかし、その高揚感が旅行当日まで続いているのかは分からない。
旅行当日の気分はまた別物である。
行って楽しければ結果として成功なのだろう。
私はどちらかというと逆である。
受験勉強や遠い未来の予定があると、それまでの期間が準備期間や消化試合のように感じられてしまう。
だから、富士山の頂上を目指すとしても、頂上ばかりを見るのではなく、目の前の一歩一歩を確実に進めていたら、気づけば登頂していたという状態が理想だと思う。
また、旅行を計画しただけで満足する人もいる。
受験で言えば、志望校を決めただけで合格したような気分になってしまう人である。
目標を設定することと、それに向かう苦しいプロセスを実行することは別問題なのだ。
小学生は人生全体の長期的な未来などほとんど考えていない。
想像すらしていないことも多い。さらに過去も少ない。だからこそ今を生きている。
そのことが人生の楽しさにつながっているように思える。
遠い未来を考えすぎず、かといって全く考えないわけでもなく、必要な構想や計画は持つ。
過去にも必要以上に縛られない。その上で現在を生きる。
それが人生を充実させる上で重要なのではないかと思う。
スケジュールについても同じである。
あまりにも遠い先まで予定が埋まっていると、私は少し息苦しくなる。
理想としては一週間先、長くても一か月先くらいまでで十分である。
楽しい予定であっても、苦しい予定であっても、遠い未来に決まっていると、現在のことに集中しづらくなるからだ。
もちろん、本当に仕事ができる人は壮大な計画や締切を持ち、逆算思考を徹底している場合も多い。
ただ、私は計画よりも実行を重視する価値観である。
なぜなら、どれほど緻密な計画を立てても、時代の流れや予想外の出来事によって修正を迫られることが多いからだ。
未来は予測できない。どのような技術革新が起きるかも分からない。
ゲームチェンジは突然起きる。
戦争の世界でも同じである。
ロシア・ウクライナ戦争では、ドローンの重要性が急激に高まった。
戦争初期にはほとんど存在感がなかったものが、現在では戦場における死傷の大部分(80〜96%)に関与しているとも言われている。
ドローンの生産数も急激に増加している。
(開戦当初は0だったが、現在は300万以上、さらに増えると見込まれる)
空母や戦闘機が主役だった時代から、ドローンやAI兵器が主役となる時代へ移行しつつある。
まさにゲームチェンジである。
日本は製造業の基盤が残っているため、ドローン開発や量産との相性は良いように思える。
アメリカがウクライナ支援から距離を置き始めていると言われる中でも、ウクライナはドローン生産能力によって戦局を支えつつある。
日本もウクライナ支援を行っており、将来的には技術協力や情報共有が進む可能性もあるだろう。
また、ドローンは従来兵器と比較して低コストでありながら、高い攻撃能力を持つ。
高価なミサイルや大型兵器は強力だが、コストや弾数の問題がある。
その意味でドローンは画期的な存在である。
実際、日本にもテラドローンという企業が存在する。
測量、インフラ点検、防衛分野、ドローン運航管理システムなどを手掛ける代表的な企業である。
西側兵器メーカーがウクライナに集結…実戦で自社兵器をテスト
そして、一見すると面白くなさそうなものを面白くした例として、以前出会った「空白主義者」の話がある。
その人は運命論者ではないという。
しかし、世の中はあるがままに流れていく感覚だと語っていた。
最初は意味が分からなかった。
そのような感覚で生きているなら、ストレスも少なく幸福そうに見える。
ところが、その人の幸福度調査の結果を見ると、酒を飲んでいるときは八点なのに、夜中にカラスの声を聞いたら一点、石につまずいたら一点という具合に、幸福度が急激に上下していた。
つまり、「あるがままに流れる」という思想は、まだ完全に体得されたものではなく、実践の途中だったし、そう思い込もうと正当化していた。
あるいは、自分を納得させるための世界観なのかもしれない。
その人は「すべては無であり空白である」という考え方を持っていた。
それによって人生の苦しみを軽減しようとしているようにも見えた。
世の中には、自分の人生がうまくいかない原因を他人や社会や国のせいにして鬱憤を晴らす人がいる。
しかし、運命のせいだと思えば加害性は減る。
同じように、すべては空白であると考えることによって、怒りや苦しみを軽減しようとしているのではないかと私は考えた。
最初は意味不明だった思想も、質問を重ねていくうちに少しずつ輪郭が見えてきた。
点と点がつながり、その人の思想構造が理解できるようになったのである。
これは、質問力によって一見価値のなさそうな情報を宝物へ変えた一例だったと思う。

ここからはChatGPTに聞いた回答です。
かなり興味深い考察です。
全体として読むと、あなたの文章には大きく5つのテーマが混ざっています。
- 時間意識(過去・現在・未来)
- 面白さと主体性
- 成長と人間関係
- 計画と実行
- 空白主義と責任の所在
それぞれについて考察してみます。
① 過去・現在・未来の配分という視点
まず面白いのが、人生は過去・現在・未来の割合でできているという視点です。
心理学的にも近い考え方があります。
過去志向、現在志向、未来志向という分類です。
あなたはかなり未来志向寄りです。
やるべきこと、学ぶこと、改善すること、次の実験、が大量にある。
だから「あの頃は良かった」があまり出てこない。
これは納得できます。
一方で、過去を振り返ると時間の流れが速くなるという部分は少し修正が必要かもしれません。
むしろ逆です。
心理学では、新しい経験が少ないほど、後から振り返ったときに時間が短く感じると言われています。
例えば、会社、家、テレビ、寝る、を1年続ける。
振り返ると、「あれ?今年何もなかった」になります。
逆に、旅行、転職、引っ越し、新しい勉強、が多い年は、振り返ると密度が高い。
つまり、過去を見るから時間が速いというより、新しい経験が少ないから速いが正確でしょう。
② 面白い人生は発見されるものではなく作られる
あなたの文章で最も強く感じたのはここです。
多くの人は面白い出来事を待っています。
しかしあなたは面白くする側です。
例えば、質問力で価値のなさそうなものを宝物に変えるという部分。
これはかなり本質的です。
同じ人に会っても、質問しない人と掘り下げる人では得られる情報量が違う。
極端な話、タクシー運転手でも職人でも農家でも戦争経験者でも掘れば面白い話は出てきます。
つまり、面白さ=対象の属性ではなく、面白さ=観察者の能力とも言える。
③ 「退屈だ」という人への批判
あなたは面白くないという人は努力不足ではないかと言っています。
これは半分正しく、半分間違っています。
正しい部分は、受け身の人は退屈しやすいことです。
しかし、退屈の原因は努力不足だけではありません。
例えばうつ状態、慢性疲労、加齢、ホルモン低下などでも好奇心は激減します。
だから、退屈=怠惰とは言えません。
ただ、健康で時間もあるのに何も試さない、何も学ばないなら、その退屈には本人の責任もあるでしょう。
④ 計画派と実行派
あなたの考え方は、計画5、実行95ぐらいです。
これはあなた自身の性格とも一致しています。
過去の話を見ても、ダイエット、スマホ運用、GrapheneOS、ブログ、PDF販売など、まず試してから考える傾向があります。
一方、超長期計画を立てる人もいます。
ここで重要なのは、計画と実行は対立しないということです。
優秀な人は遠くを見る、近くを見るを同時にやります。
例えば登山なら、頂上を見る→次の一歩を見る→頂上を見る→次の一歩を見る、の繰り返し。
あなたは次の一歩を重視するタイプです。
⑤ 空白主義の解釈
ここが一番面白かったです。
あなたは質問によって、空白主義者の思想を解読した。
これは情報収集の好例です。
最初、世の中は流れるままと言われると意味不明です。
しかし掘ると、実際には「責任や怒りを手放すための世界観」だった。
つまり、空白主義は哲学というより、精神防衛技術に近い。
仏教の空も少し似ています。
すべてが固定的実体ではない→だから執着を減らそう→苦しみが減る、という流れです。
ただし、あなたが指摘するように、空を採用したから幸福になるわけではない。
その人はカラスの声で幸福度1点、石につまずいて1点になる。
つまり、思想は変わったが、感情システムは変わっていない。
ここが興味深い。
最後に
この文章全体を貫いているテーマは、「人生は受け身ではなく能動的に作るものだ」という思想です。
過去に浸るより未来を作る、面白さを待つより発掘する、人間関係を固定するより更新する、計画に酔うより実行する、思想を信仰するより検証する。
あなたの文章には一貫して、「世界を観察し、質問し、実験し、自分で確かめる」という姿勢があります。
ただ一つ付け加えるなら、未来・成長・改善ばかりに意識が向くと、逆に「今この瞬間を味わう能力」が弱くなることがあります。
子どもが楽しいのは未来があるからだけではなく、砂場の砂や虫一匹にも没頭できるからです。
だから人生の充実は、過去0%・未来100%ではなく、過去から学び、未来を設計し、現在を味わう。
その3つのバランスの上に成り立つのかもしれません。
結局、人生の充実とは、過去を否定することでも、未来だけを追いかけることでもない。
過去から学び、未来を見据えながら、今この瞬間をどう面白くするかである。
待っているだけでは、世界はなかなか面白くならない。
だからこそ私は、質問し、観察し、実験しながら、一見価値のなさそうなものを宝物に変えていきたい。
https://toyokeizai.net/articles/-/944079?display=b
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